2月 15

外国為替市場で、通貨の動向に影響を

与える要因は数多く存在します。

オールイングランドのサッカーチームが、

国際試合に負けたから英国のポンド安の要因だと

言われたりもするんです。

天候でさえ、通貨動向を説明する要因にしかねません。

プロのディーラーは、一日中相場を示すスクリーンと

にらめっこをしながら大きなお金を動かしていますので、

時には冗談を言ったりして、気分転換を図る必要があるのでしょうか(笑)。

しかし、ロンドンの金融街シテイでは、

極めて普通の事なんですが、昼間からビールジョッキやワイングラスを片手に

午前中の取引や情報交換を行っている姿がみられます。

となると、ディーラーっていつも息抜きをしているんでしょうか・・・(笑)。

真面目に、大きくかかわる要因を挙げてみますが、その他、

数多く存在する要因にいつも敏感でいたいものです。

2月 7

為替市場の取引の中で、輸出入といった

いわゆる実需の取引が占める比率は数%と、実はあまり多くありません。

市場取引で圧倒的なシェアを持つのは国際資本取引。

国際資本は金利差を求めて市場を駆け巡ります。

時には、円のような低金利通貨を借り入れ、売却してドルを買う。

その買い入れたドルを、例えば米国国債のようなドル資産で運用を

行うような取引を組んだりします。

このような取引は金額が大きく、市場で行われると、

市場レートを一方的に動かすことになります。

2月 4

相場が大きく変動するのには、

歴史的には米国主導による通貨政策が大きな影響を与えているといえます。

・1971年8月

ニクソンショックの結果、

円は360円から308円まで切り上げられました。

・1978年10月

カーターショックドルが180円を割りこんだときに

ドル防衛策が発表され、1ヶ月後には197円まで

ドルは一気に値を戻しました。

・1979年4月

220円近くまでドルが上昇し、約20%の下げ幅となリました。

・1979年10月

連邦準備制度理事会議長に就任したボルカー議長の

政策によりドル金利の上昇が、ドルを為替市場で

サポートする形となりました。

・1985年

プラザ合意は、ニューヨークのプラザホテルで主要五カ国が、

高すぎるドルの是正を合意した通貨調整でしたが、

これも米国主導で行われたものです。

円は、240円台から1987年の2月には

半分の120円にまで上昇しました。

短期間の間に相場が大きく変動するのは、

歴史的には、米国主導による通貨政策が大きな影響を与えています。